大判例

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名古屋高等裁判所 昭和26年(う)1851号 判決 1952年2月28日

控訴人 被告人 井上徳太郎

弁護人 浦部全徳

検察官 浜田善次郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

弁護人浦部全徳並に被告人の各控訴趣意は、本件記録添附の各控訴趣意書を引用する。

被告人の控訴趣意について、

原判決挙示の証拠によれば、原判決認定の通り、起訴状記載の犯罪事実は、十分に認められる。即ち証人加藤久雄に対する証人尋問調書及び同証人の原審公判廷における供述並に同人の司法警察員及び検察事務官に対する各供述調書によれば、被告人は、加藤久雄に対し、文房具店を共同で経営する意思も資力もないのに、加藤久雄、安藤要七、被告人の三名で文房具店を始めるから、その資金を出してくれと虚偽の事実を申し向けたので、加藤久雄もその言を信じ、現金一万円を出したのであつて、若し被告人が単純に一万円の貸借方を申し入れたのであれば、容易に出さなかつたことが認められる。又証人安藤要七の証人尋問調書及び同証人の原審公判廷における供述並に同人の検察事務官に対する各供述調書、同人の上申書によれば、前同様、安藤は、被告人が文房具店を共同経営するから出資してくれと申し入れたので、その言を信じ、現金八千円を出したので、単純な貸借ではないことが十分に認められる。而して、右各証人等の供述が虚偽であつたことは認められない。加藤も安藤も領収書を出しているが、現実には返済を受けて居らず、被告人の要求により、やむなく作成したことも認められる。

次に被告人が地方長官又は公安委員会の許可も受けずに原判示の通り白鞘入日本刀一振(刄渡六二糎二)を所持していたことは、被告人が原審公判廷で自白して居り、右日本刀も被告人方に存在していたことも明らかであるから、右不法所持の犯罪事実は、証明十分である。被告人は、右日本刀所持の事実を愛知県足助警察署に届出でたと主張するが、証人桜井重太郎の原審公判廷における供述によれば、被告人が、警察官をしている右証人に対し、昭和二十年十月頃、日本刀を所持しているが、届出でねばならぬかと尋ねたので、証人が届出ねばならぬから、現物を持つて来てくれと言つたが、その後何の音沙汰もなかつたことが認められるので、被告人は、正式に警察署に届出でたのでもなく、且つ又所持することを許可されたことにもならない。

以上の通り、本件犯罪事実は、原判決挙示の証拠によつて十分に認められ、且つ原判決には、理由不備又は理由のくいちがいはないから、被告人の論旨は、採用することができない。

弁護人の控訴趣意第一点について、

原判決に関与した裁判官栗本義之助が、起訴前に、本件詐欺の被害者である加藤久雄、安藤要七を証人として尋問したことは、所論の通りで、右証人尋問手続が、刑事訴訟法第二百二十七条に基いて為されたものであることは、証人尋問調書を検察官が所持して原審に証拠として提出したことや、右各証人は、尋問前に、検察官の面前で右証人尋問調書と同一内容のことを供述していて、右各供述調書が証拠として提出されていることによつて、十分に窺い知ることができる。而して、現行刑事訴訟法においては、裁判官に予断を抱かしめるような訴訟手続をすることは禁止せられ、起訴状一本主義が採用せられていることも所論の通りであつて、本件においては、起訴状に右各証人尋問調書が添附せられていたわけでもないので、この原則を定めている刑事訴訟法第二百五十六条第六項に違反するものではない。然らば、起訴前に証人尋問をした裁判官が原判決に関与したことが違法となるか否かについて案ずるに、この証人尋問をしたことが、裁判官に予断を抱かしめる訴訟手続であるか否かは、裁判官が第一回の公判前に、被告人又は被疑者の勾留尋問をするのと全く同じであつて、勾留尋問については、刑事訴訟規則第百八十七条第一項により、事件の審判に関与する裁判官は、これを為すことができない旨が規定せられているが、同条第二項には、同一の地に勾留処分をする他の裁判官がいないときは、審判に関与する裁判官でも、これを為し得る旨が規定してあつて、刑事訴訟法第二百二十七条の証人尋問については、右のような規定はないが、ことがらの性質上、同一に解釈運用するのが妥当である。而して名古屋地方裁判所半田支部には、栗本裁判官が、支部判事と簡易裁判所判事を兼ねて、一人だけしか居ないので、同裁判官が検察官の請求により、将来自己が関与することのある事件について、証人尋問をしたのは、やむを得ないことである。このことのために、憲法第三十七条第一項の公平な裁判が行われなかつたと解することはできないのみならず、同裁判官に除斥の原因があるとか又は判決に影響するような訴訟手続上の違法があると解することもできない。論旨は、理由がない。

同第二点について、

原判決が、日本刀不法所持の事実に、銃砲等所持禁止令第一条第一項、第二条、銃砲刀剣類所持取締令附則第三項を適用したのみで、銃砲等所持禁止令施行規則第一項の適用を判決に明示しなかつたことは、所論の通りであるけれども、右施行規則第一項は、如何なる刀剣類や銃砲等が取締の対象となるかを定めたに過ぎないもので、右規則に定むる刀剣や銃砲等を許可なくして所持した者の制裁を定めたのが銃砲等所持禁止令であるから、犯罪の構成要件として、事実を認定するに当り、前記施行規則を実際に適用しなければならないが、判決には、罰則だけを示せば、刑事訴訟法第三百三十五条第一項の要件を充たしたものと解すべきである。而して原判決は、前記施行規則に定めてある刀剣に本件日本刀が該当するものであることを認定し、その罰則を示しているから、原判決には、判決に影響すること明らかな法令違反があると謂うことはできない。論旨は、理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法第百八十一条により、全部被告人に負担させる。よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 高橋嘉平 判事 赤間鎮雄)

弁護人の控訴趣意

第一点原審の訴訟手続は起訴状一本主義に反した違法がある。

本件被告事件を審理し判決をなした判事は名古屋地方裁判所半田支部裁判官栗本義之助であることは記録上明かである。然るに同判事は被害者たる証人加藤久雄、同安藤要七に対し検察官の請求により起訴前証人尋問をなしてゐる。

原判決に於いて、判示第一の事実中(一)については証人加藤久雄が、(二)については証人安藤要七が、夫々唯一の証拠であることは記録上明かであつて、栗本判事が被害者たる前記両名に対する証人尋問の結果、本件について一方的に予断を抱き、然る後公判の審理に当り、前記両名の供述及び供述調書を証拠として罪となるべき事実を認定してゐるのである。之は明かに公判審理をする裁判官に予断を抱かせる一切の疑点を残してはならないとする憲法、刑事訴訟法の精神に反するものであつて、このことは憲法第三十七条第一項、刑事訴訟法第百七十九条、第二百二十六条、第二百二十七条、第二百五十六条第六項、第二百八十条、刑事訴訟規則第百十七条が明定してゐるものである。

従つて原審の訴訟手続には違法があり其の違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから此の点に於いて原判決は破毀せらるべきである。

第二点原判決には法令適用の誤がある。

原判決は罪となるべき事実として銃砲等所持の事実を認定し、その法令の適用に於いて銃砲等所持禁止令第一条第一項、第二条、銃砲刀剣類所持取締令附則第三項を適用してゐる。右禁止令第一条の銃砲等が如何なるものを指称するかは銃砲等所持禁止令施行規則第一条によつてはじめて明かになるのである。然るに原判決は前記の如く右施行規則第一条の適用を欠くもので、此の点に於いて原判決は法令適用の誤があるものと云うべきである。

被告人の控訴趣意

被告は昭和廿六年 月頃名古屋地方裁判所半田支部に於て首題の被告事件で懲役一年但三年間其刑の執行を猶予する罰金二千円に処する 右罰金を完納することの出来ないときは一日金 円に換算して労役場に留置するとの趣旨の判決言渡しがあつたが被告は其判決は全部不服であつたので適法の期間内に控訴の申立を為した。

それは原判決で摘示の詐欺の事実として被告は昭和廿四年二月頃被告の住所に於て知多郡上野町大字荒尾八百屋業加藤某より金一万円を出資金名義にて、又同年同月頃被告方に於て知多郡上野町大字荒尾安藤要七より金八千円を出資金名義を以て何れも騙取したりと云ふにあるも、被告は昭和二十四年二月頃予て知り合ひの前記八百屋である加藤某に自己の営業資金融資の目的を以て被告の住所に於て加藤の承諾の下に借用証書を作成し金壱万円を借用したもので判示の如く出資金名義で金一万円を騙取したものでない借用証書を作成し且つ此弁済は被告は予てから上野町に在る豊田製鋼会社の嘱託として同会社へ木材木炭を売掛してゐた関係上同会社は被告に此当時約七八十万円の債務があつたが会社の経営不振の為め容易に売掛金の支払ひをして呉れないので加藤に対し右売掛金の支払があれば直ぐ支払ふから貸与せられ度旨申入れ前記一万円を借用したもので純然たる民事上の貸借契約であり其当時被告は右の如き債権ありて支払ひの意思あり尚被告は此他に資産あるを以て弁済可能の状態に在り又金銭を騙取する意思は全然なかつた右事実を詳細に取調べを受ければ判明すべきに不拘検察官は一方的に犯罪ありと思惟し此このむとこのまざるとに不拘前記加藤より同人の意思に反して被害の上申書を強いて提出せしめた。右強いて提出せしめた事実は加藤が被告に直接謝罪がてら申立た事実で判明する。更に加藤が原審に於ける証人としての証言は事実に反したが真に申訳なしと謝罪し来れる事実により判明するを以て更に被害者と称する加藤の再訊問を求むる。

又被告は同年同月頃知多郡上野町大字荒尾安藤要七より共同出資金名義を以て金八千円を被告住所に於て騙取したとあるも、右八千円も前記加藤と同様の趣旨の下に証書は別に作成しなかつたが借用したもので此時被告は弁済可能の状態に在り且つ騙取する意思は少しもなかつた凡そ詐欺罪を構成するには人を欺罔する意思が必要であり被告は此時右の如き意思は全然なく又人を欺罔して財物を騙取せなければならない状態ではなかつたし他に資産があつたから弁済は出来得る状態にあつた。然るに警察官は被害者の意思に反ししかも被害者を取調べたる数日後に上申書を提出せしめた。被害者は別に欲せざるも警察官の要求もだし難く上申書を提出したと申立てゐることより看ても無理に犯罪を構成せしめたものと存する。

次に被告は昭和廿四年十月二十二日被告の自宅に於て無届の被告所有の日本刀一振りを所持してゐるとの判示により銃砲等所持禁止令違反として罰金刑を言渡されたるも被告は昭和二十一年頃地元巡査駐在所へ日本刀一振りは祖先より伝はり居れる旨の届出済みのものであり唯警察官が此認可書の下附を遺漏し居たるものにして被告に違反行為ありとするは余りに酷に過ぎはしないか。

叙上の事実により本件犯罪事実は総て否認すると共に被告は何等犯罪事実はなく構成しない。然るに原判決はたゞ一片の証言を信憑力ありとして有罪の判決を言渡したるは不服であるから控訴を申立た次第でありますから何卒詳細なる御審理願上度右控訴趣意書を提出する次第であります。

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